今年から『日々是・美術批評』を連載することになった。以前から『C&D』誌に連載中の「戦後と美術」も35回を迎えた。戦後50年を境に始めた批評も10年経った。昨年からは地域応援誌『そう・叢』にも作家論を始めた。社会の動きも変わり、その一端である美術も変化して行く。それらを印刷物とプログに拡大して同時代性を感じていただければ幸いです。 2007年1月26日 鈴木敏春(美術批評)

■   ふれあいアート展を巡って

   
10月29日水曜日から11月3日月曜日まで開催された「ふれあいアート展」(名古屋市民ギャラリー矢田)。先日、事務局の福祉施設サンフレンドの川崎純夫さんから会場アンケートなどの集計を頂いた。今回の展覧会は2年ほど前から川崎さんから相談を受けて始まった。9月24日水曜日に小牧のサンフレンドで審査。応募総数は200点を越えた。(写真右)審査には大嶽恵子さん、長谷川哲さん、冨永奇昴さん、佐藤融さんに加わってもらい、それぞれの視点で選んで頂いた。総評を集めたものから各賞を決めた。応募された方、全員を展示。全員を展示することで作者の可能性のを見る事が出来る。左の写真は11月1日に行なった会場でのワークショツプ。佐藤融さんが指導。新聞を見て訪れたという親子が挑戦。粘土の玉に文字を入れていくのだが、彼は尻とりとして展開。お母さんが一番驚き、今までにない反応だという。少しでも可能性に挑戦できるアートの一面がある。
掲載日 : 2008/11/23

■   10/20〜31まで

   
10月20日月曜日、名古屋造形大学アートプロデュースコースで「回想法アート」の授業(4日間)始まる。1日目は「アートNPOの地平」アートコレクティブの6年間の活動の報告。21日火曜日、造形大学で遠藤利克さんの公開授業。夕方『C&D』に連載の「団塊美術論」訂正原稿送付。23日木曜日、福祉機構支援金申請「小牧アートコミユニティ」書類作成。25日土曜日、田原市赤羽町で「漂着物学会」に参加。二番目の報告者・島村博さんの矢作川の報告を聞く。26日日曜日、Kアートマーケットなど市内5箇所を回る。27日月曜日、小牧市老人ホーム「桃花林」でお年寄りの似顔絵を学生に描かせ、アンケートにインタビューする。6名の入所者の方に協力を頂く。28日火曜日、名古屋市民ギャラリー矢田で「ふれあいアート展」の搬入。10時〜4時まで展示を手伝う。29日水曜日、午前10時より「ふれあいアート展」開会式。30日木曜日、愛知県社会福祉協議会へ「小牧アートコミユニティ」訂正書類を提出。31日金曜日、豊川市の「サミゾチカラ琺瑯看板研究所」の企画展を見る。
掲載日 : 2008/11/20

■   活動〜小牧山2

   
10月19日日曜日、再び小牧山の市民祭り「ハリガネアート」を合田丞さんと行う。
掲載日 : 2008/11/05

■   活動〜小牧山

   
10月16日木曜日、愛知県美術館で「ファインダー展」オープニング。ナチに言われし退廃芸術を見る。10月18日土曜日、小牧市の小牧山で市民祭りに参加。「ピンホールカメラ」の講座を写真家の稲垣智仁さんと行う。家族を中心に78名の撮影を行う。家族の形を観察。露出時間、カメラとの距離で被写体が変化する。子供たちは動くので幽霊となり、モノクロであるのでノスタルジーを喚起し喜ばれる。
掲載日 : 2008/11/05

■   シンポジウム「今、国際トリエンナーレとは」

   
10月14日火曜日、シンポジウム「今、国際トリエンナーレとは」に出かける。パネリストは水沢勉さん(横浜トリエンナーレ総合デレクター)北川フラムさん(越後妻有アートトリエンナーレ総合デレクター)そして今回のトリエンナーレの総合監督・建畠哲さん。まず「都市の祝祭」というテーマ自体がヨーロッパを念頭に置いた1980年代の発想に感ずる。当時、流行った社会学者・山口昌男の周縁論の発想。祝祭とは名古屋では戦前の差別的な汎太平洋博覧会を思い出す方も多い。パネラーの一人、北川フラムさんは「都市からはアートは生まれない」と言い切った。建畠さんに対する励ましの意味での発言ではあろうが、都市は農村からあらゆるものを収奪して成長してきた。文化も同じと言いたいのであろう。それは正しい。北川さんは越後の過疎の山奥(失礼だが)で戦っているので「都市からは何も生まれない」と言い切るのであろうが、「都市」の再生も必要ではある。都市で行われる地域活性化は、商業施設であったり、若者が集まる広場や空間を対象として展開される事が多い。これはイベント資本のアリバイ作りで、相も変わらず各地で行われている。中核施設を作り、シッター商店街に絵を描けば人が戻ってくるのか?空き店舗を活用したギャラリーを作れば人が集まると思っている節がある。それらはイベントでしかない。文化ではないし、生活空間でもない。また地域は面として捉えている様で商店街や商業施設が独立して成り立っているかのようでもある。地域コミュニティはない。一番欠けているのは、そこに住む人であり、人間そのものである。特にアートの場合は制作する側、観賞する側の交流が大切で人を抜きには考えられない。
それは最近、関心が高いアウトサイダーアートやボーダレスアートへの流れの中に見る事ができる。描く障がい者が支援する人々に支えられて表現する。描く側の主体が支える主体を呼び起す。個人個人の中に歴史があり尊厳がある。その意味を見出すのにアートは有効な表現活動のひとつであり、最近始めたライフレビューアート(回想法アート)の試みでもある。特に都市に住む老人や若者すべてを対象に展開できる。有名作家が跋扈する最先端?の美術、都市型トリエンナーレはどこでも行われているし、面白みもないし必要もないだろう。 

掲載日 : 2008/11/05