今年から『日々是・美術批評』を連載することになった。以前から『C&D』誌に連載中の「戦後と美術」も35回を迎えた。戦後50年を境に始めた批評も10年経った。昨年からは地域応援誌『そう・叢』にも作家論を始めた。社会の動きも変わり、その一端である美術も変化して行く。それらを印刷物とプログに拡大して同時代性を感じていただければ幸いです。 2007年1月26日 鈴木敏春(美術批評)

■   活動8月

   
8月1日、日曜日、ノリタケの森ギャラリーで似顔絵「凧」展を見る。源安孝さんのデザイン学校の学生たちとの企画展。2005年の小牧市民まつりのねぶたの原画を使用した凧もあり、懐かしく当時を思い出す。(写真左)8月2日、愛知県社会福祉協議会「ふれあいアート展」打ち合わせ。8月3日「70km」杉浦明平展原稿入稿。8月5日木曜日、桜ヶ丘ミュージアム、午後、ホタルの郷絵画クラブ。8月6日金曜日、犬山モンキーパークで岡本太郎作品の会議。帰りに三頭谷鷹史さんの自宅訪問。8月7日土曜日、芸文センター。8月8日日曜日、「そう」のアート点描取材で星野眞吾さんを書くことになり、星野さんの奥さんにあたる日本画家の高畑郁子さんにお話を伺う。8月9日月曜日、小牧市の大日本塗料の前田課長にお会いする。清須市での壁画制作の塗料打ち合わせ。帰りに「小牧アートコミュニティ」でお世話になった4福祉施設へ伺う。8月10日火曜日、碧南市藤井達吉現代美術館へ館長の木本文平さん。8月12日木曜日、ホタルの郷の絵画クラブ、「ふれあいアート展」出品作品へ追い込みをかける。とは言ってもメンバーはいつものマイペース。13日〜16日まで色々な原稿書き。8月17日火曜日、午後1時から「長春花」での回想法アート。講師は加藤麻子さん。参加者3名。回想法と知って3名の方が帰られる事態。中々認知度は難しい現実に直面する。次回は9月14日火曜日、反省も含め次回も加藤麻子さんにお願いする。見学歓迎。午後4時に新幹線で東京の代官山で開催された「遠藤利克展」のオープニングに参加。今回の遠藤君の企画は「欲動」をテーマに展示された回顧展も兼ねている。美術評論の中原祐介さんの挨拶で始まったオープニングは、東京へ久々出て来たこともあり、懐かしさもあり、堀浩哉さんとか皆、年月を感じてしまった。翌日の18日水曜日はNHK文化センターのバスツアーで静岡市の芹沢_介美術館と浜松市のオートバイの展覧会を見る。芹沢はコレクションの展覧会だが、彼の目利きを知る飽きない展示に満足。浜松では戦後復興の象徴として発達したオートバイ産業の流れを本物のオートバイから見るというもの。一つ一つに込められたデザイナーや支えた工場の人々の物語が鮮明に甦る。市博物館とのセット。19日木曜日、ホタルの郷絵画クラブ。クラブメンバーがお盆の帰省で不在。「ふれあいアート展」の作品を22日にサンフレンドまで搬送することで、担当の職員の波切さんと焦る。ところがメンバーはいつものマイペース。(笑)8月22日日曜日、午前9時から名古屋女性会館で野外活動研究会の発表会。東京からの参加者もあり、午後4時に終了。金山まで平和町をフィールド。金山で2次会を行い午後10時半に豊川へ帰る。酒も入りダウン。8月23日月曜日、午後、藤井達吉現代美術館で開催の「庄司逹展」オープニングに伺う。24日火曜日、同窓会誌の編集作業。27日金曜日、豊田市民芸館。28日土曜日、同窓会の片山さんと中村区稲葉地の同朋大学へ、新学長になった尾畑文正さんをインタビューに訪ねる。70年前後の学園紛争に話が湧く。写真右は当時作られた8ミリ映画「闘争記」写真は亡くなった山田岩松君の撮影。29日日曜日、三遠南信アート展を豊橋市美術博物館で見る。鈴木敬三さんの石の間から漏れる光の絵画が印象的。また「境界なきアート展」に出品した鈴木勉さんが、記憶のアートの絵画を出していたのに感激する。同日、桜ヶ丘ミュージアムで「ポコポコ展」を見る。これは荻野佐和子さんの絵画教室に集まった障害のある子どもたちと若いアーティストのコラボレーション。午後2時からのイサムさんの詩の朗読を聞く。8月30日月曜日、長年、使用して来たADバンが廃車。215000kを走行。色々な思い出がまた湧く。
掲載日 : 2010/09/03

■   活動・7月

   
7月13日火曜日、午前中・名古屋芸術大学の西村正幸さんと打ち合わせ。犬山と清須の壁画の件。午後1時に清須市役所で大日本塗料の前田さんと壁画下見。以前の塗料資料を企画課から頂く。壁面の数が57枚もあり予算的な事もあり市役所との再度の打ち合わせとなる。7月15日木曜日、「ホタルの郷」絵画クラブ。7月17日土曜日、「長春花」の講座・展示の宣伝で矢田ギャラリー、市内の画廊などを回る。7月18日日曜日、午前中に日産のショールーム、既に20万キロを越えたADバン。エアコンも利かず蒸し風呂状態での走行。車の経費がかかるので廃車にする予定。7月20日火曜日、ディサービス「長春花」さんでの初めての講座。8名の参加あり、講座は浅田泰子さんの「回想アート」以前、小牧で行ったものだが、今回はお元気な方が多く、絵心がある方、片岡珠子論を話す91歳の自称美術評論家の方やらで賑やかなスタート。〆は吉永妙子さんの伴奏で唱歌の合唱で終わる。次回は講師は加藤麻子さんで8月17日火曜日午後1時より3時まで。見学歓迎。(写真左) 7月21日水曜日、月例のNHK豊橋文化センターの「アート散策」まず奥浜名湖の日本絵馬資料館へ行く。ここは名古屋の「伊勢馬」さんの絵馬を寄贈した資料館。今年のアートコレクティブの講座、嶋村博さんと源安孝さんによるイラストレーション絵馬講座の下見も兼ねて伺う。次に浜松市天竜町にある秋野不矩(ふく)美術館へ行く。ここは市内を眺める山の上にあり、普段は下から登るのだが参加者が高齢者であることを理由に玄関先までバスを回す。秋野不矩は院展、創美の美術団体を代表する日本画家だが、建築は藤森照信さんで壁が、わら入り漆喰で作られている。各全国誌に紹介され話題になった。(写真中) その後、バスは天竜川沿いを下流へ、遠州灘沿いの太平洋を眺めるバイパスを走り潮見坂の道の駅で休憩、足湯に浸かる。そのまま田原市博物館で開催中の「杉浦明平の世界」展へ。入り口の紫陽花の花が満開。杉浦明平さんは「ノリソダ騒動記」というルポルタージュや「小説・渡辺華山」、戦後民主主義の多くの場面で登場する郷土愛あふれる・小説家でもある。もっともこの地方では文化人の代表で、個人的には知人の選挙のたびに推薦を頂いていた。そんな「みんぺーさん」の記憶と魅力を紹介する展覧会。特に面白かったのは、1969年に東大全共闘に研究室が占拠され気落ちして入院中の丸山真男にメロンと蜂蜜を送っていている。丸山からのお礼状がこころ暖まる文面であった。それにしても明平さんはメロンと蜂蜜を送るとは、昔から渥美を愛していたのですね。展覧会は8月22日日曜日まで開催。
掲載日 : 2010/07/26

■   ボストン美術館の企画

   
7月12日月曜日、午後2時に金山にあるボストン美術館で開催中の「ザ・風景展」を見る。普段は月曜日休みだが、今日一日福祉関係者に無料開放。愛知県社会福祉協議会が福祉施設へ呼びかけて見学者を募る。三菱商事名古屋支店の支援事業。チラシにも使われているホックニーの風景画は回想法の世界。イギリスの旧友に会いに行った時の思い出を絵にしている。多くの現代美術作品は記憶や回想に満ちた展示となっている。会場で福祉関係施設で絵の指導をしているという女性から作品制作について相談を受ける。そこの福祉施設では、企画公募展に出品する作品を巧く見せるために職員が絵を書いているという衝撃的な告発だった。福祉現場での結果重視は分からないではないが、アートは障害者が表現の幅を広げ、精神的な自由を得る一つの方法なのだから、もっと自由に制作させる必要がある。ここにも福祉とアートの深い溝がある。ホックニーがホモセクチュアルな人間関係のなかから自由な絵画の有り様を見せたこと以上に差別と偏見、あるいは誤解を説く必要性をますます感じる。展覧会は9/12まで。
掲載日 : 2010/07/23

■   近況・6月〜7月へ

   
6月22日火曜日、小牧の特別養護老人ホーム「桃花林」へ、「長春花」での展示用作品の引き取り。造形大で三頭谷さんと7/7の授業の打ち合わせ、豊里さんとブログ打ち合わせ。23日水曜日、名古屋市北区のデイサービス「長春花」展示作品届ける。7/6より展示。三遠南信応援誌「そう」原稿入稿。6月26日土曜日、総会の為の資料作りで一日缶詰。6月27日日曜日、愛知芸術文化センターで総会開催。午後4時終了。峰田さんと長谷川さんらと久々にお茶をする。6月28日月曜日、新川の壁画再生プロジェクト、資料作成。6月29日火曜日、歯医者通い。6月30日水曜日、サンフレンド施設長川崎さんと「第3回ふれあいアート展」と今年から開催が決まった「ぼくたちのアート展」主催/愛知県知的障害者福祉協会(11/29〜30豊橋市ホテル日航で開催予定)の打ち合わせ。アウトサイダーアートへの関心もあり、参加者が多くなりうれしいが大変な状況。7月1日木曜日、午後1時から豊川市の「ホタルの郷」絵画クラブ。施設長の川口さんから自伝的な本を頂く。若い時、日活で演出やシナリオを担当、福祉の世界へ入った事など興味尽きない内容。感謝。写真は絵画クラブでの新作に取り組む高橋君ら。7月2日金曜日、愛知芸術文化センターで「渡辺華山展」を見る。7/21に田原市博物館へ「アート散策」で伺うための下見。丁重な絵日記に感心した。
掲載日 : 2010/07/06

■   岡本太郎の亡霊

   
6月8日火曜日、名古屋芸大の西村正幸さんと学生3人で犬山市にある日本モンキーパークに伺う。岡本太郎さんの「若い大陽の塔」調査のため。6月11日金曜日、同じく名古屋芸大の平田哲生さん、建築家の高部修さん、写真の板倉守さんと伺う。所長からこの場所に至った経緯を聞く。ミステリーな物語に皆、興味を持つ。6月21日月曜日、県立芸大の今井瑾郎さん、大日本塗料の前田秀輝さん、アートコレクティブの加藤猛さんと3回目の調査。結論から言えば修復以前で傷みが凄い。35年もメンテナンス無しの状態で放置された「若い大陽の塔」は支える支柱から錆びが浮き上がり内部まで錆びが入っている。雨水が随所から漏れ、展望台部分の床下からは雨水が滴り至る所腐食が進んでいる。作品の顔の部分はFRPが剥離、脱落している。朽ち果てるのを待つだけとなる。顔の部分だけでも室内展示とか色々な案が言われたが、今後の展開については再検討となった。1969年に当時の名鉄グループの総師であった故・土川元夫さんが6500万円で購入。当時は「パブリックアート」等という気の利いた言葉の概念などさらさらなく、ましてメンテナンスなど考えもしなかった結果であろう。山からの帰り道、園内にある観覧車を見て「観覧車が錆だらけだったら誰も乗らないよね」と今井さんが言っていた言葉が重く残る。これは多くのパブリックアートが抱える共通の問題である。亡霊のように立つ「若い大陽の塔」に合掌。
掲載日 : 2010/06/25